「マッサージをしても湿布を貼っても治らない肩こり」 このような慢性的な肩こりでお悩みの方は、実は口の中に 原因があるかもしれません。
歯牙接触癖(しがせっしょくへき)とは、本来離れているはずの 上下の歯を無意識に接触させ続ける癖のことです。この癖が 肩こりの隠れた原因となっていることが、近年の医学研究で 明らかになってきました。
「歯と肩こりに何の関係が?」と不思議に思われる方も 多いでしょう。しかし、顎の筋肉と首や肩の筋肉は 密接につながっており、歯の接触による顎の筋肉の緊張が 肩こりを引き起こすのです。
現代社会では、パソコンやスマートフォンの長時間使用により、 歯牙接触癖を持つ方が急激に増えています。それに伴って 原因不明の肩こりで悩む方も増加傾向にあります。
今回は歯科口腔外科専門医として、肩こりと歯牙接触癖の 関係について詳しく解説いたします。肩こりでお困りの方、 無意識に歯を噛みしめている自覚がある方は、 ぜひ最後までお読みください。
【歯牙接触癖が肩こりを引き起こすメカニズムを専門医が解説】
歯牙接触癖がなぜ肩こりを引き起こすのか、その仕組みを 理解することが改善への第一歩です。まずは基本的な メカニズムについて詳しく見ていきましょう。
歯牙接触癖の基本的な特徴
正常な歯の状態 健康な状態では、上下の歯は離れているのが正常です。 歯が接触するのは食事での咀嚼(そしゃく)と飲み込みの 瞬間だけで、1日わずか20分程度とされています。
安静時には上下の歯の間に2~3ミリの隙間があり、 これを「安静空隙(あんせいくうげき)」と呼びます。 この状態では顎の筋肉はリラックスしています。
歯牙接触癖とは 歯牙接触癖がある方は、以下のような場面で無意識に 歯を接触させています。
現れやすい場面:
- パソコンやスマートフォンの操作中
- テレビ視聴や読書中
- 集中して作業している時
- ストレスや緊張を感じている時
- 運転中や電車での移動中
多くの場合、本人は気づいておらず、指摘されて 初めて自覚することがほとんどです。
顎から肩への筋肉のつながり
咀嚼筋群の働き 歯を接触させる時に働く筋肉を「咀嚼筋(そしゃくきん)」と 呼びます。主な咀嚼筋には以下があります。
咬筋(こうきん): 頬骨から顎の骨につながる強力な筋肉で、 物を噛む時に主に働きます。
側頭筋(そくとうきん): こめかみの部分にある扇形の大きな筋肉で、 顎を閉じる動きに重要な役割を果たします。
内側翼突筋・外側翼突筋: 顎の内側にある筋肉で、顎の複雑な動きを コントロールします。
首や肩の筋肉との連動 咀嚼筋は、首や肩の筋肉と直接または間接的に つながっています。
筋膜のつながり: 筋肉を包む「筋膜」という膜組織を通じて、 咀嚼筋と首や肩の筋肉は連結しています。
神経のつながり: 同じ神経系でコントロールされているため、 一方の緊張がもう一方に影響を与えます。
血管のつながり: 血液循環も共通しているため、一部の筋肉の 緊張が血流を悪化させ、他の部位にも影響します。
歯牙接触癖による筋肉への影響
持続的な筋肉の緊張 歯を接触させている間、咀嚼筋は常に収縮した 状態を維持しています。
本来なら休んでいるはずの筋肉が長時間働き続けることで、 以下のような問題が生じます。
筋肉疲労: 持続的な収縮により、筋肉に乳酸などの疲労物質が 蓄積し、痛みやこりの原因となります。
血流障害: 筋肉の緊張により血管が圧迫され、血液循環が 悪くなります。これにより酸素や栄養が不足し、 老廃物の排出も滞ります。
筋膜の硬化: 長期間の緊張により、筋膜が硬くなり、 筋肉の柔軟性が失われます。
連鎖的な緊張の広がり 咀嚼筋の緊張は、首や肩の筋肉に波及します。
第1段階:顎周辺の緊張 歯牙接触癖により、まず咀嚼筋が緊張します。
第2段階:首の筋肉への影響 咀嚼筋の緊張が、首の筋肉(胸鎖乳突筋、 僧帽筋上部など)に伝わります。
第3段階:肩の筋肉への拡大 首の筋肉の緊張がさらに肩の筋肉(僧帽筋、 肩甲挙筋など)に広がります。
第4段階:慢性的な肩こり これらの筋肉の緊張が慢性化し、 頑固な肩こりとなります。
姿勢との相互作用
不良姿勢と歯牙接触癖 現代人に多い前傾姿勢(猫背)は、歯牙接触癖を 悪化させる要因となります。
前傾姿勢の影響:
- 頭が前に出る
- 顎が前方に突き出る
- 歯が接触しやすくなる
- 首や肩の筋肉に負担がかかる
悪循環の形成 歯牙接触癖と不良姿勢は、お互いを悪化させる 悪循環を形成します。
- 歯牙接触癖により咀嚼筋が緊張
- 首や肩の筋肉も緊張
- 姿勢が悪くなる
- さらに歯が接触しやすくなる
- 症状がさらに悪化する
この悪循環を断ち切ることが、肩こり改善の カギとなります。
ストレスの影響
ストレスと筋肉の緊張 精神的なストレスは、歯牙接触癖と肩こりの 両方を悪化させる重要な要因です。
ストレス時の身体反応:
- 交感神経が優位になる
- 筋肉が緊張しやすくなる
- 歯を接触させやすくなる
- 血管が収縮し血流が悪化する
現代社会のストレス要因 現代人は様々なストレスにさらされています。
主なストレス源:
- 仕事のプレッシャー
- 人間関係の悩み
- 経済的な不安
- 健康への心配
- 社会情勢への不安
これらのストレスが歯牙接触癖を引き起こし、 結果として肩こりにつながるのです。
現代社会での増加要因
デジタル機器の影響 パソコンやスマートフォンの普及により、 歯牙接触癖を持つ方が急激に増加しています。
デバイス使用時の特徴:
- 画面に集中し無意識に歯を接触
- 前傾姿勢になりやすい
- 長時間同じ姿勢を維持
- 目の疲れも肩こりに影響
リモートワークの影響 自宅でのデスクワークが増え、肩こりに悩む方が 急増しています。
リモートワークの問題点:
- 作業環境が整っていない
- 長時間座りっぱなし
- 運動不足
- オンオフの切り替えが難しい
これらの要因が複合的に作用し、歯牙接触癖と 肩こりの両方を悪化させています。
【肩こりを伴う歯牙接触癖の症状と特徴的なパターン】
歯牙接触癖が原因の肩こりには、特徴的な症状や パターンがあります。自分の症状と照らし合わせて 確認してみましょう。
歯牙接触癖による肩こりの特徴
痛みの場所 歯牙接触癖が原因の肩こりでは、特定の部位に 症状が現れやすい傾向があります。
主な痛みの場所:
- 首の後ろ側
- 肩の上部(僧帽筋)
- 肩甲骨の内側
- 後頭部からこめかみにかけて
両側性に現れることが多いですが、片側だけに 症状が出る場合もあります。
痛みの性質 歯牙接触癖による肩こりの痛みには、 以下のような特徴があります。
痛みの特徴:
- 重い感じ、張った感じ
- 鈍い痛み
- 広い範囲の痛み
- 圧迫されるような感覚
- 引っ張られるような感覚
症状の日内変動 1日の中で症状の強さが変化するのも特徴です。
朝の症状: 睡眠中の歯ぎしりや食いしばりにより、 朝起きた時に症状が強いことがあります。
日中の症状: 仕事や作業に集中している時間帯に 症状が悪化する傾向があります。
夕方以降: 1日の疲労とストレスの蓄積により、 夕方から夜にかけて症状が最も強くなります。
併発しやすい症状
頭痛 肩こりとともに頭痛が現れることがよくあります。
頭痛のタイプ:
- 緊張型頭痛(後頭部から首にかけての痛み)
- こめかみ付近の痛み
- 目の奥の痛み
- 頭全体を締め付けられるような痛み
顎の症状 歯牙接触癖により、顎関節症の症状が 同時に現れることがあります。
顎の症状:
- 顎の痛みや違和感
- 口が開けにくい
- 顎を動かすときの音
- 噛み合わせの違和感
腕や手のしびれ 重症化すると、腕や手にまで症状が 及ぶことがあります。
しびれの特徴:
- 腕の外側のしびれ
- 手指のしびれ
- 握力の低下
- 手の冷え
目の症状 首や肩の筋肉の緊張により、目にも 症状が現れることがあります。
目の症状:
- 眼精疲労
- 目の奥の痛み
- 視界のぼやけ
- 目の乾燥
歯牙接触癖のセルフチェック
舌の観察 舌の状態から、歯牙接触癖の有無を 確認できます。
チェックポイント:
- 舌の側面に歯型の跡がついている
- 舌の縁がギザギザしている
- 舌が全体的に腫れぼったい
- 舌の表面がざらざらしている
頬の内側の観察 頬の内側にも、歯牙接触癖のサインが 現れます。
チェックポイント:
- 白い筋状の跡がある
- 頬の内側に歯の跡がある
- 傷や口内炎ができやすい
朝起きた時の状態 睡眠中の状態から、歯牙接触癖を 推測できます。
チェックポイント:
- 朝起きた時に顎が疲れている
- 歯や歯茎が痛い
- 頭痛がある
- 肩や首が特にこっている
日中の行動パターン 日常生活での行動を振り返ってみましょう。
チェックポイント:
- パソコン作業中に歯を接触させている
- 集中している時に噛みしめている
- ストレス時に歯を食いしばる
- 無意識に歯を接触させている自覚がある
他の肩こりとの鑑別
整形外科的な原因との違い 歯牙接触癖による肩こりは、整形外科的な 問題とは異なる特徴があります。
整形外科的原因:
- 頸椎(首の骨)の異常
- 椎間板ヘルニア
- 変形性頸椎症
- 四十肩・五十肩
歯牙接触癖による肩こり:
- レントゲンでは異常が見られない
- 顎の症状を伴うことが多い
- 朝と夕方に症状が強い
- ストレスとの関連が明確
内科的な原因との違い 内臓の病気による肩こりとも区別が必要です。
内科的原因の肩こり:
- 心臓病(左肩の痛み)
- 胆石症(右肩の痛み)
- 肺や食道の病気
歯牙接触癖による肩こり:
- 両側性が多い
- 顎の症状を伴う
- 活動に伴って変化する
- 内臓症状がない
重症度の判断
軽度 日常生活には支障がないレベルです。
症状の特徴:
- 時々肩が重く感じる
- マッサージで改善する
- 一晩寝れば楽になる
- 仕事や家事に影響なし
中等度 日常生活に一部支障が出るレベルです。
症状の特徴:
- 常に肩が張っている
- 頭痛を伴うことがある
- 睡眠の質が低下
- 集中力の低下
重度 日常生活に大きな支障が出るレベルです。
症状の特徴:
- 激しい痛みがある
- 腕や手のしびれを伴う
- 仕事や家事が困難
- 睡眠が大きく妨げられる
重度の場合は、早急に専門医の診察を 受けることをお勧めします。
【歯牙接触癖を改善して肩こりを解消する実践的な方法】
歯牙接触癖を改善することで、多くの場合で肩こりの 症状が改善します。具体的な改善方法と、 肩こり解消のためのアプローチを詳しく解説いたします。
歯牙接触癖の基本的な改善方法
「唇を閉じて、歯を離す」の実践 正しい口の状態を意識し、習慣化することが 改善の第一歩です。
実践方法:
- 現在の口の状態を確認する
- 歯が接触していたら意識的に離す
- 唇は軽く閉じたまま保つ
- 舌の先は下の前歯の裏側に軽く触れる程度
- この状態を維持する
意識化のためのテクニック 無意識の癖を改善するには、まず意識化することが 重要です。
リマインダーの活用:
- パソコンの画面に「歯を離す」の付箋を貼る
- スマートフォンのアラームを1時間おきに設定
- 腕時計やアクセサリーで意識付け
- デスクに小さな鏡を置いて確認
行動記録:
- いつ歯を接触させているかを記録
- どのような場面で起こりやすいかを分析
- 改善の経過を日記につける
- 気づいた回数を数える
深呼吸とリラクゼーション ストレスによる歯牙接触癖を改善するために、 リラクゼーション法を取り入れましょう。
腹式呼吸法:
- 鼻からゆっくり4秒かけて息を吸う
- お腹が膨らむのを意識する
- 4秒間息を止める
- 口からゆっくり8秒かけて息を吐く
- これを5回繰り返す
筋弛緩法:
- 肩を思い切り上げて力を入れる(5秒)
- 一気に力を抜いてストンと落とす
- 顎の力も同時に抜く
- この動作を3回繰り返す
肩こり改善のためのストレッチ
首のストレッチ 首の筋肉の緊張を和らげるストレッチです。
前後ストレッチ:
- 背筋を伸ばして座る
- 頭をゆっくり前に倒す(10秒キープ)
- 元に戻す
- 頭をゆっくり後ろに倒す(10秒キープ)
- 各3回繰り返す
左右ストレッチ:
- 頭を左側に倒す(10秒キープ)
- 元に戻す
- 頭を右側に倒す(10秒キープ)
- 各3回繰り返す
肩のストレッチ 肩の筋肉をほぐすストレッチです。
肩回し:
- 両肩を前から後ろに大きく回す(10回)
- 後ろから前に大きく回す(10回)
- ゆっくりと丁寧に行う
肩甲骨寄せ:
- 背筋を伸ばして座る
- 両腕を後ろに引き、肩甲骨を寄せる
- 5秒キープして力を抜く
- 10回繰り返す
顎のストレッチ 咀嚼筋の緊張を和らげるストレッチです。
開口ストレッチ:
- ゆっくり口を大きく開ける
- 5秒キープ
- ゆっくり閉じる
- 5回繰り返す
側方移動:
- 下顎をゆっくり右に移動
- 5秒キープ
- 中央に戻す
- 下顎をゆっくり左に移動
- 各5回繰り返す
専門的な治療法
マウスピース療法 夜間の歯ぎしりや食いしばりを防ぐために、 マウスピースを使用します。
マウスピースの効果:
- 歯や顎関節への負担軽減
- 咀嚼筋の緊張緩和
- 首や肩の筋肉の負担軽減
- 睡眠の質の向上
理学療法 筋肉の緊張を和らげるための専門的な治療です。
温熱療法:
- ホットパック
- 温湿布
- 入浴時の温浴
マッサージ療法:
- 咀嚼筋のマッサージ
- 首や肩のマッサージ
- トリガーポイント療法
電気療法:
- 低周波治療
- 超音波療法
- テンス療法
薬物療法 症状に応じて、薬物療法を併用します。
使用される薬剤:
- 筋弛緩薬(筋肉の緊張を和らげる)
- 消炎鎮痛薬(痛みや炎症を抑える)
- ビタミンB群(神経の働きを助ける)
- 漢方薬(体質改善)
生活習慣の改善
作業環境の整備 デスクワークの環境を見直しましょう。
椅子と机:
- 適切な高さに調整
- 足がしっかり床につく
- 腰を深く掛ける
- 肘が直角になる高さ
モニター:
- 目線の高さに設置
- 適切な距離(40~50センチ)
- 画面の明るさを調整
- 反射を避ける配置
休憩の取り方 長時間の作業では定期的な休憩が重要です。
休憩の方法:
- 1時間に5~10分の休憩
- 立ち上がって体を動かす
- 遠くを見て目を休める
- 軽いストレッチをする
運動習慣 適度な運動は肩こり予防に効果的です。
推奨される運動:
- ウォーキング(週3回、30分)
- 水泳やアクアビクス
- ヨガやピラティス
- ラジオ体操
ストレス管理 ストレスは歯牙接触癖と肩こりの大きな要因です。
ストレス解消法:
- 十分な睡眠時間の確保
- 趣味の時間を作る
- 友人や家族との交流
- 自然の中で過ごす時間
- リラックスできる音楽を聴く
治療の効果と経過
改善の目安 歯牙接触癖の改善による肩こりの治療効果には 個人差がありますが、以下が一般的な目安です。
軽度の場合: 2~4週間で改善の実感
中等度の場合: 1~3ヶ月で明らかな改善
重度の場合: 3~6ヶ月以上かかることもある
継続的なケアの重要性 歯牙接触癖は長年の習慣のため、改善には 継続的な取り組みが必要です。
継続のポイント:
- 毎日のセルフチェック
- ストレッチの習慣化
- 定期的な歯科検診
- 生活習慣の維持
- 再発予防の意識
専門医との連携 症状が改善しない場合や悪化する場合は、 専門医に相談しましょう。
受診の目安:
- 2週間以上改善がない
- 症状が悪化する
- 新たな症状が出現
- 日常生活に支障が出る
まとめ
肩こりと歯牙接触癖には密接な関係があり、無意識の歯の接触が 顎の筋肉を緊張させ、その緊張が首や肩の筋肉に波及することで 頑固な肩こりを引き起こします。
現代社会では、デジタル機器の普及やストレスの増加により、 歯牙接触癖を持つ方が急激に増えており、それに伴って 原因不明の肩こりで悩む方も増加しています。
改善の基本は、歯牙接触癖の自覚と修正です。「唇を閉じて、 歯を離す」という正しい口の状態を意識し、習慣化する ことから始めましょう。同時に、ストレッチや生活習慣の 改善も重要です。
マッサージや湿布で一時的に楽になっても、根本原因である 歯牙接触癖を改善しなければ、肩こりは繰り返します。 口の中の癖を見直すことで、長年悩んでいた肩こりが 解消する可能性があります。
治らない肩こりでお悩みの方は、一度歯科口腔外科を受診し、 歯牙接触癖の有無をチェックしてもらうことをお勧めします。 口と体のつながりを理解し、総合的なアプローチで 肩こりのない快適な生活を取り戻しましょう。